産経
2008年09月03日07時50分
ミカンジュースの搾りかすからバイオエタノール燃料を製造する愛媛県の取り組みが、国の実証実験事業として採用される見通しになり、同県のミカン産地や民間の飲料製造会社などを視察した環境省の南川秀樹官房長が明らかにした。9月中に開かれる同省の外部委員会で正式に採択される予定で、国が約10億円を出し、県や大学、企業などと連携して10月から事業を始めるという。
採択が決まると、国から3年間で総事業費10億円の補助(補助率100%)が受けられる。環境省は地球温暖化対策事業の一環として、沖縄県のサトウキビの搾りかすや大阪・堺市の木材などの建設廃材を利用したバイオエタノール事業に取り組んでおり今回、愛媛県から申請のあったミカンの搾りかすを使ったバイオエタノール燃料の生産は食糧需給問題とあつれきが起きない−として着目された。
この日、南川官房長は県内有数のミカン産地・宇和島市吉田町の品種改良などを手がける県の「みかん研究所」や、松山市内の飲料製造・販売会社「えひめ飲料」などを視察した。初年度の今年度は4000万円の事業費が見込まれ、南川官房長は「産業廃棄物としての処理費が減り、原料としての価値も出てくる。将来的に農水省ともタイアップしていく」と話した。
2008年09月03日07時50分
ミカンジュースの搾りかすからバイオエタノール燃料を製造する愛媛県の取り組みが、国の実証実験事業として採用される見通しになり、同県のミカン産地や民間の飲料製造会社などを視察した環境省の南川秀樹官房長が明らかにした。9月中に開かれる同省の外部委員会で正式に採択される予定で、国が約10億円を出し、県や大学、企業などと連携して10月から事業を始めるという。
採択が決まると、国から3年間で総事業費10億円の補助(補助率100%)が受けられる。環境省は地球温暖化対策事業の一環として、沖縄県のサトウキビの搾りかすや大阪・堺市の木材などの建設廃材を利用したバイオエタノール事業に取り組んでおり今回、愛媛県から申請のあったミカンの搾りかすを使ったバイオエタノール燃料の生産は食糧需給問題とあつれきが起きない−として着目された。
この日、南川官房長は県内有数のミカン産地・宇和島市吉田町の品種改良などを手がける県の「みかん研究所」や、松山市内の飲料製造・販売会社「えひめ飲料」などを視察した。初年度の今年度は4000万円の事業費が見込まれ、南川官房長は「産業廃棄物としての処理費が減り、原料としての価値も出てくる。将来的に農水省ともタイアップしていく」と話した。
夕刊フジ
2008年09月03日17時:01分
「他人顔」とも揶揄された福田康夫首相を、辞任会見の最後の質問で切り崩した地方紙記者に注目が集まっている。首相は激怒したものの、官邸記者特有の“間合い”にとらわれない乾坤一擲(けんこんいってき)の質問は、首相の“素”の部分を引き出した。
「『ひとごとのように』とあなたはおっしゃったけどね、私は自分自身のことは客観的に見ることができるんです。あなたとは違うんです!」。福田首相は1日の辞任会見の終了間際、国民注視の生中継ということも忘れて気色ばんだ。
この答えを引き出したのは、広島県の「中国新聞」の男性記者(37)が質問した「総理の会見が国民にはひとごとのように聞こえる」という言葉だった。
記者は広島県内の支局などを経て昨年3月、東京支社報道部に政治担当キャップとして着任した。他の地方紙同様、政治担当記者は実働2人と少なく、通常は「政治キャップ自ら、永田町や都内の現場を取材で走り回っている状態」(北村浩司・東京支社報道部長)という忙しさだという。
官邸のほか、永田町の各記者クラブも掛け持ちしているため、いずれのクラブにも滞在時間は短く、官邸担当だった全国紙記者も「1度も見たことがない」というほどの存在感だ。それだけに、福田首相が記者の顔を知っていた可能性は低い。
会見直後の朝日新聞の取材に、記者は「首相の語り口を聞いていたら、まさに『ひとごと』という言葉通りだなと感じた」と語り、これをキーワードにあえて最後の最後に厳しい質問を狙ったことを明かした。
記者には2日朝から取材依頼が殺到し、「計6社から依頼を受けている」(北村部長)状況に陥り、ただでさえ要員が少ない同支社は大騒ぎ。「社内の反応もお伝えできる状態ではない」(同)というテンヤワンヤとなった。
取材する側から“される側”となったが、政局が続く間は忙殺される日々が続くため、記者本人が取材に応じる時間はまったくないという。東京支社は、記者のコメントとして「これまでの取材や、会見を聞いていて疑問に思ったことを率直に聞いただけ。それ以上でもそれ以下でもありません」と発表している。
2008年09月03日17時:01分
「他人顔」とも揶揄された福田康夫首相を、辞任会見の最後の質問で切り崩した地方紙記者に注目が集まっている。首相は激怒したものの、官邸記者特有の“間合い”にとらわれない乾坤一擲(けんこんいってき)の質問は、首相の“素”の部分を引き出した。
「『ひとごとのように』とあなたはおっしゃったけどね、私は自分自身のことは客観的に見ることができるんです。あなたとは違うんです!」。福田首相は1日の辞任会見の終了間際、国民注視の生中継ということも忘れて気色ばんだ。
この答えを引き出したのは、広島県の「中国新聞」の男性記者(37)が質問した「総理の会見が国民にはひとごとのように聞こえる」という言葉だった。
記者は広島県内の支局などを経て昨年3月、東京支社報道部に政治担当キャップとして着任した。他の地方紙同様、政治担当記者は実働2人と少なく、通常は「政治キャップ自ら、永田町や都内の現場を取材で走り回っている状態」(北村浩司・東京支社報道部長)という忙しさだという。
官邸のほか、永田町の各記者クラブも掛け持ちしているため、いずれのクラブにも滞在時間は短く、官邸担当だった全国紙記者も「1度も見たことがない」というほどの存在感だ。それだけに、福田首相が記者の顔を知っていた可能性は低い。
会見直後の朝日新聞の取材に、記者は「首相の語り口を聞いていたら、まさに『ひとごと』という言葉通りだなと感じた」と語り、これをキーワードにあえて最後の最後に厳しい質問を狙ったことを明かした。
記者には2日朝から取材依頼が殺到し、「計6社から依頼を受けている」(北村部長)状況に陥り、ただでさえ要員が少ない同支社は大騒ぎ。「社内の反応もお伝えできる状態ではない」(同)というテンヤワンヤとなった。
取材する側から“される側”となったが、政局が続く間は忙殺される日々が続くため、記者本人が取材に応じる時間はまったくないという。東京支社は、記者のコメントとして「これまでの取材や、会見を聞いていて疑問に思ったことを率直に聞いただけ。それ以上でもそれ以下でもありません」と発表している。
読売
2008年08月18日19時19分
中国のインターネットは18日、北京五輪陸上百十メートル障害で棄権した劉翔選手を罵倒(ばとう)する声であふれかえった。
国民の期待を一身に集めた英雄が、転落した瞬間、無数の“つぶて”を浴びた。
「この脱走兵め」「意気地なし」「13億人を傷つけた。新記録だ」……。大手サイト掲示板に殺到する万単位の書き込み。多くが怒っている。ライバルの強さを知る中国国民はもともと金メダルは難しいと見ていたが、こんな形での敗北は想定外だった。「逃げ劉」−−四川大地震で生徒を放って校舎から逃げた教師と同じ呼び方がすぐに広がった。
「がっぽりもうけて最後はこれか」というカネ絡みの批判も非常に多い。超格差社会の特徴だ。中国誌によると、CMで引っ張りだこの劉翔選手は昨年、推定6000万〜7000万元(約9億6000万〜11億2000万円)の収入があった。
怒りの渦に、「何千元も出して決勝チケットを買ったのに」という庶民の恨み節が交じる。
「お前はもう終わりだ」との容赦ない宣告も続く。「中国がんばれ!」が鳴り響く北京五輪のシンボルだった劉翔選手はもういない。もちろん、偉大な成績を残してきた劉翔選手をかばう人も多いが、すぐに英雄たたきが出てくる。
沸騰する掲示板にこんな書き込みがあった。「異常な社会だ。非常に多くの中国人が、責任と義務を他人に押しつけようとし、その人が成功すれば天まで持ち上げる。そのかわり、失敗すれば地獄に落とす」
2008年08月18日19時19分
中国のインターネットは18日、北京五輪陸上百十メートル障害で棄権した劉翔選手を罵倒(ばとう)する声であふれかえった。
国民の期待を一身に集めた英雄が、転落した瞬間、無数の“つぶて”を浴びた。
「この脱走兵め」「意気地なし」「13億人を傷つけた。新記録だ」……。大手サイト掲示板に殺到する万単位の書き込み。多くが怒っている。ライバルの強さを知る中国国民はもともと金メダルは難しいと見ていたが、こんな形での敗北は想定外だった。「逃げ劉」−−四川大地震で生徒を放って校舎から逃げた教師と同じ呼び方がすぐに広がった。
「がっぽりもうけて最後はこれか」というカネ絡みの批判も非常に多い。超格差社会の特徴だ。中国誌によると、CMで引っ張りだこの劉翔選手は昨年、推定6000万〜7000万元(約9億6000万〜11億2000万円)の収入があった。
怒りの渦に、「何千元も出して決勝チケットを買ったのに」という庶民の恨み節が交じる。
「お前はもう終わりだ」との容赦ない宣告も続く。「中国がんばれ!」が鳴り響く北京五輪のシンボルだった劉翔選手はもういない。もちろん、偉大な成績を残してきた劉翔選手をかばう人も多いが、すぐに英雄たたきが出てくる。
沸騰する掲示板にこんな書き込みがあった。「異常な社会だ。非常に多くの中国人が、責任と義務を他人に押しつけようとし、その人が成功すれば天まで持ち上げる。そのかわり、失敗すれば地獄に落とす」
スポーツ報知
2008年08月18日10時15分
欽ちゃん走りで世界新! 陸上の男子百メートル決勝で、9秒69の世界新記録で金メダルをとったウサイン・ボルト(21)=ジャマイカ=の走りについて、NHKの刈屋富士雄アナ(48)が17日未明の放送で「世紀の欽ちゃん走り」とたたえた。タレントの萩本欽一(67)は、自身の代名詞とも言える走法とともに大記録が生まれたことを「うれしいね〜。僕にとっても特別な金メダル」と大喜び。2016年、東京五輪開催の暁には、ボルトと直接対面するという夢もふくらませた。
前日(16日)の陸上男子百メートル決勝を、ニュースで見たという欽ちゃん。17日、仕事先で「『ボルト選手、最後は見事な欽ちゃん走りですね』って言われちゃったよ〜」という。「言われてみれば(似てるかも)って思ったね。欽ちゃん走りで、不可能と言われた9秒6台での世界新でしょ? うれしいね〜。あの金メダルは僕にとっても特別だね」と、喜びをかみしめた。
発端は17日未明、スタジオキャスターの刈屋アナの言葉だった。ぶっちぎりで先頭を走ったボルトが、ゴール手前15〜20メートルで勝利を確信、おどけて横を向きながら走ってゴールし、世界新で金メダルという衝撃のVTRの後だった。刈屋アナはこれを「欽ちゃん走りみたいになってますからね」「世紀の欽ちゃん走りですね」と表現した。
刈屋アナは過去の五輪でも名言を残してきた、別名「ミスター・ゴールドメダルアナウンサー」。2004年アテネ五輪では、28年ぶりの金メダルとなった体操男子団体決勝で「伸身の新月面が描く放物線は栄光への架け橋だ」の名言を放った。
夏季、冬季合わせて7大会連続で五輪を現地実況してきたが、今回は日本のスタジオでの報道。開幕前のインタビューでは「(NHKのある)渋谷から名言は生まれるか? 難しいですね」と笑っていたが、やはり名フレーズは誕生した。男子百メートルには相当思い入れがあるのか、続けて同種目の歴史なども語った。
欽ちゃんは、ボルトが欽ちゃん走りで金メダルという喜びに加え「(刈屋アナが)そんなことを言ってくれたんだったら、うれしいこと限りないよ〜」と感激。欽ちゃん自身、4月に長野市で行われた北京五輪の聖火リレーで走者を務め、このほど東京五輪の招致大使にも任命されるなど、五輪との縁は深い。
「今回の決勝のVTRはうちの宝物にしないと」とした上で「ボルトに会うことができたら最高に幸せだよ。もし東京五輪が開催されることになったら、競技場でお会いしたいですね」と、喜びいっぱいで話していた。
2008年08月18日10時15分
欽ちゃん走りで世界新! 陸上の男子百メートル決勝で、9秒69の世界新記録で金メダルをとったウサイン・ボルト(21)=ジャマイカ=の走りについて、NHKの刈屋富士雄アナ(48)が17日未明の放送で「世紀の欽ちゃん走り」とたたえた。タレントの萩本欽一(67)は、自身の代名詞とも言える走法とともに大記録が生まれたことを「うれしいね〜。僕にとっても特別な金メダル」と大喜び。2016年、東京五輪開催の暁には、ボルトと直接対面するという夢もふくらませた。
前日(16日)の陸上男子百メートル決勝を、ニュースで見たという欽ちゃん。17日、仕事先で「『ボルト選手、最後は見事な欽ちゃん走りですね』って言われちゃったよ〜」という。「言われてみれば(似てるかも)って思ったね。欽ちゃん走りで、不可能と言われた9秒6台での世界新でしょ? うれしいね〜。あの金メダルは僕にとっても特別だね」と、喜びをかみしめた。
発端は17日未明、スタジオキャスターの刈屋アナの言葉だった。ぶっちぎりで先頭を走ったボルトが、ゴール手前15〜20メートルで勝利を確信、おどけて横を向きながら走ってゴールし、世界新で金メダルという衝撃のVTRの後だった。刈屋アナはこれを「欽ちゃん走りみたいになってますからね」「世紀の欽ちゃん走りですね」と表現した。
刈屋アナは過去の五輪でも名言を残してきた、別名「ミスター・ゴールドメダルアナウンサー」。2004年アテネ五輪では、28年ぶりの金メダルとなった体操男子団体決勝で「伸身の新月面が描く放物線は栄光への架け橋だ」の名言を放った。
夏季、冬季合わせて7大会連続で五輪を現地実況してきたが、今回は日本のスタジオでの報道。開幕前のインタビューでは「(NHKのある)渋谷から名言は生まれるか? 難しいですね」と笑っていたが、やはり名フレーズは誕生した。男子百メートルには相当思い入れがあるのか、続けて同種目の歴史なども語った。
欽ちゃんは、ボルトが欽ちゃん走りで金メダルという喜びに加え「(刈屋アナが)そんなことを言ってくれたんだったら、うれしいこと限りないよ〜」と感激。欽ちゃん自身、4月に長野市で行われた北京五輪の聖火リレーで走者を務め、このほど東京五輪の招致大使にも任命されるなど、五輪との縁は深い。
「今回の決勝のVTRはうちの宝物にしないと」とした上で「ボルトに会うことができたら最高に幸せだよ。もし東京五輪が開催されることになったら、競技場でお会いしたいですね」と、喜びいっぱいで話していた。
共同
2008年08月19日00時34分
大阪・PL学園高時代に桑田真澄氏とともに「KKコンビ」と呼ばれ、プロ野球の西武、巨人でもプレーしたオリックスの清原和博内野手(41)が18日、西武ドームで行われた西武19回戦の試合後に「自分にとっての最後のシーズンの誕生日を西武球場(ドーム)で迎えることができて、本当に感謝しています」と球団を通じてコメントし、今季限りでの引退を表明した。
プロ23年目の清原は、昨年受けた左ひざ手術のリハビリを経て、今月3日に2006年9月8日以来となる1軍に復帰。既に「来季はグラウンドに立てないと思う」と話しており、今季限りで引退する可能性を口にしていた。
清原はPL学園高で1年から4番に座り、エースの桑田氏とともに5季連続で甲子園に出場し、優勝2度、準優勝2度を経験。通算13本塁打を放つなど旋風を巻き起こした。
1985年のドラフト会議では希望していた巨人には指名されず、6球団の競合の末に西武に入団。1年目から4番に座り、打率3割4厘、31本塁打、78打点の活躍で新人王を獲得。勝負強い打撃でチームの黄金期を支え、6度の日本一と8度のリーグ優勝に貢献した。
96年オフにフリーエージェント(FA)で巨人に移籍して04年に通算2000安打、05年に通算500本塁打を達成した。この年に巨人を戦力外となり、オリックスに入団。しかし、左ひざ痛など相次ぐ故障に見舞われ、昨季は一度も試合に出場できなかった。
18日現在での通算成績は2325試合に出場、2120安打、525本塁打、1527打点。
2008年08月19日00時34分
大阪・PL学園高時代に桑田真澄氏とともに「KKコンビ」と呼ばれ、プロ野球の西武、巨人でもプレーしたオリックスの清原和博内野手(41)が18日、西武ドームで行われた西武19回戦の試合後に「自分にとっての最後のシーズンの誕生日を西武球場(ドーム)で迎えることができて、本当に感謝しています」と球団を通じてコメントし、今季限りでの引退を表明した。
プロ23年目の清原は、昨年受けた左ひざ手術のリハビリを経て、今月3日に2006年9月8日以来となる1軍に復帰。既に「来季はグラウンドに立てないと思う」と話しており、今季限りで引退する可能性を口にしていた。
清原はPL学園高で1年から4番に座り、エースの桑田氏とともに5季連続で甲子園に出場し、優勝2度、準優勝2度を経験。通算13本塁打を放つなど旋風を巻き起こした。
1985年のドラフト会議では希望していた巨人には指名されず、6球団の競合の末に西武に入団。1年目から4番に座り、打率3割4厘、31本塁打、78打点の活躍で新人王を獲得。勝負強い打撃でチームの黄金期を支え、6度の日本一と8度のリーグ優勝に貢献した。
96年オフにフリーエージェント(FA)で巨人に移籍して04年に通算2000安打、05年に通算500本塁打を達成した。この年に巨人を戦力外となり、オリックスに入団。しかし、左ひざ痛など相次ぐ故障に見舞われ、昨季は一度も試合に出場できなかった。
18日現在での通算成績は2325試合に出場、2120安打、525本塁打、1527打点。

